ターミネーター戦略?!

画像プルシェンコの肖像を演じる


プルシェンコ2世について、わたしはアレクセイ・ミーシンからほぼ10年前に聞いた。
プルシェンコがまだ世界チャンピオンになっていなかったとき、8歳のアルトゥールはヒルの姓を名乗っていた。
それからアルトゥールはガチンスキーとなった。おそらくは、舞台映えする音調のために。
けれどもわたしにとってはアルトゥール・ヒルのほうが、ずっとなじみ深い。

初めてアルトゥールと会ったのは、Mytischiでのロシア選手権、2006年12月のことだった。
彼は13歳だった。
彼は枠外で演技をした。
たしか14位に入った。
しかし、氷に出て行くとき、そして氷から戻ったとき、まるで競技において全く宣言されていないかのようだった。彼がシニア競技に出るには若すぎたからだ。
そういうわけで、それは異例のことであり、疑いなく、現存のより高いグループ--人々は、アリの中のフィギュアスケートの試合と言った。〔?〕
皆さんの子供たちがそのような少年と共に一つのクラスで学ぶとき、それは喜ばしいことではないだろう。
しかし、このようなポーズで子供がステージに踏み出す時は楽しく、子供たちの演技としては感動的でさえある。
誰か--親かコーチが--彼にこの役を強いて教えたことは明らかだ。


<アリの中に現れることには意味がない>


翌年にはアルトゥールはすでに競技に出て、たしかまた少し良くなって、9位になった。
それから、アルトゥールは実際にはプルシェンコのスケジュールにはまだ合わないということが明らかになった--鋭い形の扱いにくい年齢が始まっていた。

アリの中に姿を見せることには意味がなかった。
ミーシンはガチンスキーを軌道に乗せようとし始めたが、彼は最も輝かしいイメージを覗きはしなかった。
いずれにしても少々、プルシェンコと比較するということが心に浮かんでいた。
その言葉の最も良い意味において。

シニアの世界に戻ってきたのは秋のことだった。
グランプリシリーズの二つのスタートは--失敗ではなかったが、目覚ましいものでもなかった。
そしてついに、サランスクでのロシア選手権。
それはガチンスキーにとっては単純に不面目なことになった。
それは彼のためにさえ大したことではなく、すべてのロシアのフィギュアスケートのためにもそうだった。
ガチンスキーはケガを抱えて演技をした。
それは試合に対して準備が全くできていなかったということであり、もしかしたらそういうわけで、それが“Bolt”のように見えるという奇妙な理由かもしれない。

タチアナ・タラソワは彼らとは全く関係がなかった。
彼女はオープンにこのプログラムの組み立ての質をバカにして、“NTV-Plus”で試合についてコメントした。
ジャッジはテリー※※の時代のように、ガチンスキーを2位の位置に引っ張り、彼がヨーロッパ選手権に行くことを許可した。
それはものすごく、それはとても不面目なことだった。
しばしばそのような正当性によらずナショナルチームで地位を得たアスリートたちは、それについて無造作な反応をし始め、〔不明〕--そして壊れた。〔?〕

しかしガチンスキーは、高貴なアドバンテージのあるこの贈り物を受け入れた。
責務として。
Mytischiでの、すべての人に強いて愛らしく微笑むトリックは、過ぎ去っていた。
ガチンスキーはナーバスになることにとてもうまく対処し、初めにはベルンで、
そして後にはモスクワで、本当に、まるで10年間携わっていたかのように考えることが可能だった。

チャンとコヅカはメダルに微笑むことができ、そしてアルトゥール--この銅メダルを喜んだだろうか?
一足跳びにガチンスキーはプルシェンコのスケジュールに近付いた。
プルシェンコと同じように、彼は世界選手権に銅メダルデビューした。
違うところといえば、プルシェンコは15歳半で達成し、ガチンスキーは17歳半ということだ。
同じように印象的である。
ライサチェクは、いわば、すぐに銅メダルを取ったが、彼はそのときにはすでにアスリートとしてほぼ完成されていた(19歳)
チャンは9位で始まった(17歳)。
そしてランビエールは、言うのも恐ろしいが、18位だった(17歳)。


<ミーシンは成功に達するためのマーケティング技術に関する少し直線的なアイディアを持つ>


有名な人々が到達したことすべてを達成するために、ガチンスキーはさらに困難なことになるだろう。
それはわたしの大きな心配の中に存在する。
プルシェンコもライサチェクも、とりわけランビエールやチャンさえも、フィギュアスケートに誰かの模倣から入ったのではない。
あるいは、さらに正確に言うなら--誰かを描写したのではない。
ガチンスキーは彼のコーチ、アレクセイ・ミーシンによって宣告されている。

ジャンプの偉大なコーチ、アレクセイ・ニコラエヴィッチは、成功を達成するマーケティング技術の少し直線的なアイディアを持っている。
それはフィギュアスケートに、とりわけ個々の種類の芸術的動きに、大きな予算のフィルムプロダクションの論理を当てはめることだ。
我々は“ターミネーター”を作って、それ広く成功した。
二つめを作ろう--それは集めるだろう、減るかもしれないが、しかしほとんど同じに稼ぐだろう。
ガチンスキーは氷上の戦略“ターミネーター2”を実現した。

すべてがわたしたちにプルシェンコを思い出させる。もちろん、手袋も含めて。
問題は、わたしは続編という手法の実行可能性についてさえ言うが、ハリウッドの言い方で言うところの、“ターミネーター1”はすべての人生がターミネーターなわけではない。
エフゲニー・プルシェンコは20歳まで、全くの生き生きした少年であり、氷の上に創っているもの〔起きていること〕を知らなかった。
ソルトレイクオリンピックでの手痛い挫折はプルシェンコに保護の方法とトラウマからの回復の道を探させることになった。
トップに君臨するというイメージ--ミーシンによって編み出された--が役に立った。

それはスポーツにおけるプルシェンコの宿命による自然な発展から生まれたマスクだった。
このマスクは実際ライバルたちをぎょっとさせた。
なぜなら、プルシェンコは彼らより優秀であり、彼ら(ランビエール、バトル)より優秀でない場合は、より強かった。

アルトゥール・ガチンスキー--議論の余地なく、才能ある人物である。
それはベルンで、ヨーロッパ選手権で明らかになった。
問題は、彼が後半のプルシェンコのマスクを手にし、まだ優勝することなく、最も重要なことは、スポーツにおいて何も心配事がないということだ。

我々はガチンスキーの中に、確かに成功の達成のための同じ手法を観察する--
申し分のない1キロメートルのジャンプの遂行、
それらに対する修辞的なアプローチ、プラスしてマイム、
盛り上がる観客。
それはプルシェンコがオリンピックで優勝したことには、十分には及ばない
ガチンスキーがモスクワで高い位置にとどまったことは、絶対的に十分ではないだろう。


<ガチンスキー--ドラマを自分自身に運ぶ者>


銅メダルのガチンスキー--それは全くもって価値のあることだ。
しかし、ここモスクワでのスコアだということは、忘れてはならない、おそらくは。
このフィギュアというものは、単純に有利な、ホーム判定が暖かく吹く。
彼のジャンプとステップは、わたしの意見では、敬意を表する評価をされている。
そしてアクター・タカハシのセカンドマーク〔PCS〕を参照すると、8-10ポイント遅れるべきである。

もしガチンスキーが本当に誇りある若者ならば、彼のギフトをとてもよく理解し、遅かれ早かれミーシンの手法反抗し、プルシェンコのマスクを捨て去るべきだ。
ギフトに夢中になっている人間は、影のように長くは働けない。
天才の影でさえ。
もしガチンスキーが実際にすばらしいナイスガイで、検挙に才能の物差し〔限界?〕を理解するなら、
敢闘賞と共に天才を演じて世界選手権で表彰台に立つことは、2倍有害となる。
それはパトリック・ちゃんの息の根を止めないだろう、殺さないだろう。
そう、彼、チャンに対して--ミーシン教授の精神的手法は? 何もない。
肩をすくめて、新しい勝利を遠くへ吹き飛ばす。

アルトゥール・ガチンスキー--自分自身にドラマを運び入れる者。
我々はその発展を注意深く見守ろう。


写真 プルシェンコとガチンスキーの果てしない比較はコーチによって意図されている


http://www.sports.ru/tribuna/blogs/bladerunner/185997.html




ブログの文章なので、いつも以上にわかったようなわからないような……。
この方はべつにアルトゥールアンチではなくて、過剰に心配してるんでしょうね。
ミーシンにちょっと懐疑的なのか…。

ただ、そう言うほどガッちゃんが「プルシェンコ2」とは思わないんですけど。
見るほうが勝手に想起してる部分が大きいんじゃないですかね。

それでも、同じミーシン門下でも、ドミトリエフやルタイではなく、
ガチンスキーにのみ「プルシェンコ2」の呼び名が与えられたというのは、やはり彼自身に何かあるからでしょうね。
とても抽象的印象で言うと「華」があるってとこかな。
最近はやりの(?)言葉で言うなら「もってる」ってことかしら。

成功の手法を持っていて当てはめることは悪くないと思いますけどね。
モロゾフなんかそうでしょ。

今季モロゾフチームに移ったアリョーナが安藤2にされてしまうのか、それとも村主の二の舞になってしまうのかがちょっと心配ですが。

アクター・タカハシっていうのは前にミーシンがそう評していたことを受けてなのか、
それともロシアではそう呼ばれているのか。

ターミネーターの喩えは言い得て妙というか、ジェーニャってターミネーターっぽかも(笑)。
何度でも復活する辺りが。
まあ、ターミネーターは1より2のほうが当たったわけだが。

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